47.工学部 茅暁陽(MAO Xiaoyang)教授

2014-12-01

今月のCoの花さん12月号(Part1)
「今月のCoの花さん」は、出産・育児・介護といったライフイベントと研究活動を両立してきた諸先輩方や、研究者としてのロールモデルをご紹介するコーナーです。

今回ご登場いただくのは工学部でコンピュータグラフィクスやメディア情報学を研究している、マオ先生です。先生のお生まれである中国浙江省臨海市は、最澄が平安時代に日本に伝えた天台宗の原点、天台教学の発祥の地なんですって。歴史を感じます!

 

◎茅暁陽先生のご紹介

所属:山梨大学大学院医学工学総合研究部 工学領域・工学部コンピュータ理工学科、国際交流センターセンター長

専門分野:メディア情報学・データベース(コンピュータグラフィックス 可視化情報学)

●こんにちは!さっそくですが、先生は大学まで中国でお過ごしだったんですね。進路を理系にした理由は何だったんですか?

当時は評価されるのは理系の科目なんです。中国では「学会数理化,走遍天下都不怕」という諺があり,日本語に訳すと,数学,物理,化学ができれば,世界中どこに行っても怖くないという意味です。つまり「成績が良い=理系が得意」ということだったんです。それで,周りに頭悪いと思われたくないので,自然と理系に進みました(笑)。

 

●そうなんですか。大学は「計算機学科」に入学されたんですね。大学に行くに当たっては、どんなことを目標に考えていましたか?

中国では,両親共働きが当然で,母が仕事から帰宅後にご飯を作ったり,掃除をしたり,たいへんにみえました。特に冬場は,冷たい共用井戸水で手洗いしていて。だから,大学に行ったら家事手伝いロボットを作って親孝行したいなって思っていました。実際に大学に行ってみたらロボットなんて研究していなかったけど(笑)

 

●あらら、親孝行し損ねちゃった?! 実際にはどんなことを研究していたんですか?ソフトウェアとかそういったことでしょうか?

いえいえ。当時は,コンピュータっていってもまだ初期のもので,テープに穴を開けるような,そんなものでしたからね。私の卒論テーマは整数しか計算できなかったコンピュータ上で実数の四則演算をするプログラムをつくることでした。アセンブリ言語でプログラムを書きました。「人工知能をもった家事を手伝うロボット」なんて,まだ夢の世界でしたよ。

 

●おお~「テープに穴」!コンピュータの歴史ですね~。そんな大学時代を過ごして、その後東京大学の大学院に進んだんですか?

大学院受験の時に、運よく専攻で1位になったので、政府派遣制度で日本に留学することになったんです。実はフランスに留学することになっていたのですが,途中から行先が日本に変わりました。今思うと,日本で良かったな~って思います。

 

●フランスもなんとなくかっこいい感じしますけど、日本の方がよかった?

はい♪ 主人にも出会うことができたし,仕事環境もたくさんの出会った人々,みんなに良くしてもらってきました(^^)

 

●旦那様は、日本の方?

そうです。博士課程を卒業してすぐに結婚しました。

 

●どこで出会ったんですか?

実は,大学院の研究室仲間でした。


●え~~?!ということは、同業者も同業者、分野まで同じ?

そうです。今は別の大学で教員をしています。

 

●すご~い!分野まで同じだと、ケンカしちゃいそうですけど(笑)

研究の議論で喧嘩になることはよくありますよ(笑)。でも、仕事の様子も大変さも,みんなお互いに理解できるのでとても過ごしやすいです。論文を集中して書きたい!という気持ちはよくわかるから協力できるし,学会も一緒に行くこともできるし。

 

●なるほど!公私ともに、同志のような関係なんですね。そういう夫婦も素敵!でもお子さんが小さいときにはさすがに大変だったんではないですか?

大変といえば大変だったかもしれませんが,私の場合はとにもかくにも,本当に人に恵まれていたおかげでやってこられたと思っています。実は,子供を授かったのはちょうど企業でプロジェクトを任せてもらっていた時期だったんです。自分としては,なるべく職場のみんなに迷惑をかけたくない,という思いが強くてちょっと無理しちゃったんですよね。そうしたら体調を崩してしまって。出産ぎりぎりまで仕事する予定だったのが,定期検診の時に緊急入院することになってしまって,そのまま出産まで病院で過ごすことに。母子ともに健康で無事出産できたので良かったのですが,でも職場に対しては余計に迷惑をかけちゃったっていうのが本当に申し訳なく思いました。

 

●大変でしたね。でもそんなに気にしなくてもいいのでは?仕事は代わりが聞くかもしれないけど、母子は代われないんですから・・・

そんなこんなで産休をおえて職場復帰したときも,みなさんとても温かく迎えてくれたんですよ。本当に私は良い人達に恵まれているんです。ホントにありがたいです。その後、二人目を授かったときも,実家(中国)の両親にも協力してもらって,出産を乗り越えました。私は日本に来てからずっと,本当に良くしてもらってきました。山梨大学に赴任してきてからも,外国人で育児中の私に対して学科の皆さんとても寛容な対応をしてくれました。皆さんにはいつも申し訳ないと思い,できるようになったら恩返ししたいと思っていました。

 

●それはきっと、マオ先生ご自身が相手を思いやる気持ちをお持ちだからこそではないでしょうか!
さて、次回はそんなご夫婦の育児術などをご紹介します。お楽しみに!