51.工学部 郷健太郎教授

2015-02-01

今月のCoの花さん2月号(Part1)

 「今月のCoの花さん」は、出産・育児・介護といったライフイベントと研究活動を両立してきた諸先輩方や、研究者としてのロールモデルをご紹介するコーナーです。 

今回は工学部で知能情報学を研究している、郷先生です。自己紹介の時は必ず「郷ひろみの“郷”です!」とおっしゃる先生は、初めて会った気がしない、とっても気さくでいらっしゃいます(^^)

郷健太郎先生のご紹介

所属:大学院総合研究部 工学領域  山梨大学工学部コンピュータ理工学科

専門分野:知能情報学 (ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)(ユーザインタフェース)  (ソフトウェア工学)

・こんにちは!さてさっそくですが、ご出身はどちらですか?

 熊本です。

 

・熊本?!遠いわ~・・・熊本で育った郷少年は、どんな子どもさんでしたか?

 モノづくりと読書が好きな子でした。技術系の仕事をしていた伯父の影響もあって、ゼンマイ式時計を分解したり、はんだ付けもやったりしていましたね。それと同時にSF小説が大好きで、その両方が相まって(?)将来の夢は「宇宙飛行士」でした。

 

・あら素敵!宇宙飛行士を目指す少年は、その後どうなりました?

 どうやったら宇宙飛行士になれるのかわからないまま中学時代を過ごしました。高校の進路を考える頃、とりあえず早めに技術系のことを勉強しておけば、いずれ宇宙関連の仕事とかに関わる可能性があるだろうなっていう思い込みと、それから伯父の影響もあって、国立熊本電波高専(現在は熊本高専)の情報工学科に進学しました。

 

・あら優秀ですね!そんな優秀な方が、どういう経緯で山梨大学に?

 優秀かどうかは分かりませんが... でも、それ聞いちゃいます?ちょっと長くなりますよ(笑)

 

・聞いちゃいます♪お時間の許す限り、いくらでも聞いちゃいます!

 えっとですね、高専卒業後は大学へ編入しようと決めていましたので、当時はまだ少なかった高専からの編入受け入れをしている大学を調べたら、山梨大学があったというわけです。しかも、高専時代の恩師(とてもカッコイイ憧れの先生だった)が高専卒で梨大へ編入したという経歴を持っていたり、他の高専出身で梨大のバド部で活躍している先輩もいたりしたので、未踏の地とはいえそれほど抵抗感なく山梨大学に行こうと決めました。

 

・バド部、とはバドミントン部ですね?

 そうです。バドミントンにはずいぶん没頭しましたよ。私は高専から始めたんですが、ダブルスでペアを組んでいた相手は、中学時代からバド業界では有名な選手だったんです。彼のおかげで高専の部の全国大会優勝を果たしました(^^)v 実は全国大会に出るために、どうしても地方大会と編入学試験が重なってもらうと困るというのも山梨大学を受験した理由の一つです。山梨大学の試験日が編入を受け入れている大学の中で一番早かったので、地方大会よりも前に結果までわかるスケジュールでした。合格すれば、残りの期間は安心してバドミントンに打ち込めると思って。それくらい一生懸命やっていたためか、高専出身の先輩も山梨大学にいたためか、山梨に来た編入学試験の当日も、試験が終わったら先輩に呼ばれて、体育館でバドミントンしていました(笑)。

 

・うっそぉ?!どんだけバド好き?!(笑)

 入試の日からそんな調子だったので、入学式の一週間前に山梨に引っ越してきて、甲府に降り立ったその足でバド部の強化練習に参加しちゃって。練習終わってから実は自分のアパートの場所も知らなかったっていうエピソード付き。

 

・道に迷ったってこと・・・?

 当時は高専の先輩が後輩のアパートを決めてあげるっていう伝統みたいのがあって、私も先輩に部屋を決めておいてもらっていたんです。でもそこに一度も行くことなく強化練習に行っちゃったから、「あのぅ、僕のアパートってどこでしょうか?」って(笑)。ちなみにその先輩っていうのは電気電子工学科の垣尾先生でして、いまだにぜんぜん頭が上がらない、お世話になりっぱなしの尊敬すべき大先輩です!

 

・バドミントンが人脈を広げてくれたんですね~!仲間って素晴らしい。その後の梨大生活はどんなものになりましたか?

 実は勉強面ではすごく苦労しました。というのも、高専では情報工学科だったんですが、梨大の同じ分野では編入受入れをしていなかったんです。それで仕方なく、他の分野よりは近い分野の電気工学科に入ったんです。高専では分野の基礎科目やある程度の専門科目を既に習得しているので、普通は編入早々から勉強面で苦労することはないんですよ。でも、分野が異なるために基礎科目から勉強しなおしたので、その点だけは苦労しましたね。

 

・でも先生の経歴を拝見すると、大学院では「情報工学専攻」となっていますね?

 そうそう。そうなんですよ。編入受入れの都合から分野を替えましたけど、認知工学とかユーザインタフェースにすごく興味を持ち始めていて、大学院に進むタイミングで情報工学分野に戻ろうと思っていました。それで認知工学の研究をしている研究室を探して、東北大の大学院の門をたたくことになりました。

 

・自分が行きたい大学院の研究室って、具体的にどうやって探すんですか?

 普通は分野を替えるってあまりしないんですよね。だから自分の研究の方向性が見えていれば、その延長上に位置する研究者や研究室は大抵、自ずと見えてくるものなんです。指導教員から教えてもらったりもできますし。でも私の場合は延長上ではない分野への変更なので、自分で探すしかなかった。当時は学部生だったので、まず認知工学に関する教科書を見てその中に出てくる研究者や所属を確認しました。そうするとどの大学で活発に研究が行われているかわかります。大型の科研費の採択大学のリストとかも書いてありました。それから、高専時代の恩師の影響で東北大が気になっていたので、東北大の修士論文や博士論文のタイトルを図書館で確認しました。当時はインターネットで検索する時代ではなかったので、図書館で「電通談話会記録」という東北大の雑誌をみて情報を得ました。それで結局のところ、当時の自分の興味関心に合いそうなことを大学院でやっているということで東北大に進学しました。でも入ってみたら、認知工学の研究は新しく着手した感じで、入学前に外から見ていた私のイメージとは少し外れていたので、結局は通信プロトコル関連の研究をすることとなりましたけどね。

 

・その後はバージニア工科大学に数年留学していたんですね。

 そうなんですよ。実はすごく英語が苦手だったんですけど。

 

・え?!だって、「英語の壁」はとっくに乗り越えておかないと博士課程はムリなんじゃないんですか?

果たして、どんなことになってしまうの?!そんなアメリカ留学中のお話は次回のお楽しみ!