15.梨大医学部産婦人科医 大森真紀子先生

2013-08-01

今月のCoの花さん 8月号(Part1)

 「今月のCoの花さん」は、出産・育児・介護といったライフイベントと研究活動を両立してきた諸先輩方や、研究者としてのロールモデルをご紹介するコーナーです。

 今回は、梨大医学部産婦人科医師を務める大森真紀子先生です。大森先生は「理系女性のキャリア形成科目」という授業でH25年5月24日に講義をしていただきました。

「産婦人科の医師」という職業は、最近注目度が高まっている「少子化対策」「育児支援政策」「働く女性と出産・育児」「ワークライフバランス」・・・などなどの話題と切っても切り離せない仕事の一つ。学生さんや男性にはあまり知られていないかもしれませんが、産婦人科の仕事ってお産だけじゃなく、いわゆる婦人科系の病気、例えば子宮がんや女性の生理系に関わる病気なども診ているんです。

 多忙な医師という仕事、女性と出産に関わる仕事に従事しつつ、ご自身も出産・育児を経験されてきた大森先生にお話を伺いました。

◎大森真紀子先生のご紹介

所属:医学部附属病院 産婦人科学講座(産婦人科)

職歴概要:2001年10月から山梨医科大学(現山梨大学医学部)に所属、現在は同大学の講師をすると共に医学部附属病院産婦人科外来医長を務める。

 ●先生は、いつごろから医師になろうと思ったのですか?

子供のころからです。実は私、子供の頃は体が弱くて、しょっちゅう近所のお医者さんに行っていたんです。いつもちゃんと診察してくれて、治してもらって。お医者さんってかっこいいな~って思ったのがきっかけでした。

●なるほど。でも実際に学校の勉強をしていくと、理系科目が苦手になってしまって夢が夢で終わったりすることはなかったでしょうか?

終わりませんでしたね~(笑)なぜなら、文系科目が苦手だったんですよ。文章書いたり、地名とか人名とか覚えたりっていうのがホントに苦手で・・・。

●わかります~私も古代ギリシャ時代で世界史を挫折した人間でして(汗) 理系科目では何がお好きでしたか?

化学が好きでした。私の高校では特に実習が多くて、特に印象深かったのが、とある液体を渡されて「これが何かを特定しなさい」という成分分析の実習。もちろん班ごとに違う液体で、薬品だったり、ただの水だったりするんですけど、いろんな試薬を使って、選択肢を絞っていくという感じで。

●テレビドラマの鑑識官みたいですね!

 そう!そうなの! 試験管振りながら、あ~楽しいな~って思いました。しかも、分析するの、得意だったし(笑)。

●大学受験の時期は、どうやって志望大学を決めましたか?

実は当時って、センター試験のような共通試験がなかったんです。つまり、私が大の苦手とする社会科目がなくても受験が可能だったんです(羨ましいでしょ^^)。

 それで、それほど山梨から遠くなく(その当時はまだ山梨医科大学(現 山梨大学医学部)はなかった)、社会科目がなくても受験できるところを考えて、福島県立医大に行くことになりました。でもまあ、受験するまでは医学部以外にも理学とか薬学とか、ようは“化学分析的”な学部にいろいろ目移りしていたんですけどね。

●大学はどんな様子でしたか?

 いわゆる地方大学だったし、学生数も少ない時代だったので、実習に恵まれていました。どういうことかというと、少々言いにくい話ですが、解剖実習が多くできたんです・・・つまり、亡くなったご遺体を検体として地元地域のご遺族方が提供してくださることが多かったんです。(今はなかなか難しいんですが)大学に協力することで、地元によりよい医療を還元してほしい、という想いの表れかと思います。

 そのおかげもあって、本当に多くの実習をさせて頂きましたし、その経験が現在の研究の礎になっていると思います。

●専門を産婦人科にしたきっかけは何でしたか?

いえ、実は医大卒業時は内科医だったんです。2年間内科医をしていましたが、産婦人科医と結婚しまして、同じ科になって開業を目指そうという話になり、転科することになりました。

●医学系のキャリアについてはあまり詳しくないのですが・・・専門の科を変えるって、簡単にできるものなのですか?

 いえいえ。山梨医科大学に入って山梨医科大学(現 山梨大学医学部)の1期生と一緒に一から産婦人科の勉強をし直しました。端的に言ってしまえば、なりゆき的に科を変えることになったんですが、今考えると、産婦人科でよかったなと思います。

大森先生がおっしゃる「産婦人科医になってよかったこと」、皆さんはどんなことだと思いますか?

大森先生のお人柄も垣間見られるステキエピソードは次回のお楽しみです!